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京都地方裁判所 昭和54年(行ウ)6号 判決 1983年1月21日

京都市西京区大枝南福西町二丁目九番地の一〇

原告

中大路悦子

右訴訟代理人弁護士

高田良爾

京都市右京区西院花田町一〇番地の一

被告

右京税務署長

森本圭治

右指定代理人

高田敏明

国友純司

古城毅

山崎睦子

日野明義

塩谷邦幸

主文

原告の請求を緊却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五二年三月四日付で原告の昭和四八年分の所得税についてなした更正処分(異議決定及び裁決による一部取消後のもの)のうち、総所得金額二七万七五〇〇円を超える部分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、食料品販売等を業とするものであるが、昭和四九年三月一二日昭和四八年分(以下「本件係争年分」という。)所得税について別表一の(一)のとおり確定申告をしたところ、被告は昭和五二年三月四日付で同表の(二)のとおりの更正処分をした。原告はこれを不服として被告に異議申立をしたところ、同年七月七日付で同表の(三)のとおり一部取消す旨の異議決定がなされたが、更にこれを不服として国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、昭和五四年二月二一日付で同表の(四)のとおり更に一部取消す旨の裁決がなされ、そのころ裁決書謄本が原告に送達された(以下、異議決定及び裁決による一部取消後の更正処分を「本件更正」という。)。

2  しかし、本件更正は以下の理由により違法であり、取消されるべきである。

(一) 被告の部下職員は、原告の所得税を調査するについて原告から調査理由の開示を求められたのに、これを全く開示しなかったからその調査は違法であり、これに基づく本件更正も違法である。被告の部下職員が原告の開示要求に応じていれば、原告は事業に関する帳簿書類を提示していた。

(二) 原告の総所得金額は確定申告のとおりであり、本件更正のうち右金額を超える部分は原告の所得を過大に認定した違法がある。

二  請求原因に対する認否

請求原因1は認め、同2は争う。

三  被告の主張

1  課税の経緯について

原告は、長岡京市滝ノ町一丁目五番八号(旧地番は同市井ノ内下河原二丁目六番地)において、「井ノ内ストアー」なる屋号をもって、主としてパン・菓子等の小売を行なう食料品店を昭和四八年末まで営んでいた白色申告者である。

被告は、原告の本件係争年分の所得税の調査のため、昭和五一年六月一七日から昭和五二年二月二八日までの期間、再三部下職員を原告の事業所に派遣し、原告に対し、原告の確定申告した所得額が正当であるか否かを確認するために調査を行なう旨述べて調査に着手する理由を告知したうえ、事業に関する帳簿書類の提示を求めたが、原告はこれに対して一切応ぜず、また、部下職員の質問に対しても応答せず、被告の調査に対して終始非協力的な態度を示した。

そこで被告は、やむを得ず原告の取引先、取引銀行等を調査し、本件係争年分の所得金額を算定したところ、原告の申告額を上回ったので、本件更正をした。

2  総所得金額について

本件係争年分における原告の総所得金額は以下に述べる事業所得金額一一万〇七三〇円であり、本件更正はその範囲内でなされたものであるから適法である。

(一) 売上金額 六六八万九五七五円

後記(五)の後段に記載した売上原価四八四万三四一二円に、類似同業者の差益率二四・三七パーセントを適用して算出した金額六四〇万四〇八八円と、原告が中大路孝男に引渡した期末たな卸高(後記(四))二八万五四八七円とを合算した金額である。

(算式)

(売上原価) (差益率)

4,843,412円÷(1-0.2437)=6,404,088円

(期末たな卸高) (売上金額)

6,404,088円+285,487円=6,689,575円

(二) 期首たな卸高 一九万八二一三円

後記(三)の仕入金額四九三万〇六八六円に類似同業者の期首たな卸率四・〇三パーセントを適用して算定した金額である。

(算式)

(仕入金額) (期首たな卸率)(期首たな卸高)

4,930,686円×0.0402=198,213円

(三) 仕入金額 四九三万〇六八六円

被告が、昭和四八年中の原告の仕入先を反面調査し、一部推計して算出した仕入金額の合計である。

仕入先別の仕入金額は次のとおりである。

(仕入先) (仕入金額)

(1) フジパン株式会社 二〇三万一一四九円

昭和四八年七月から一二月までの仕入金額については実額が判明したが、同年一月から六月の間の仕入実額は把握できなかった。そこで被告は、翌昭和四九年中における中大路孝男の年間仕入実額に対する。上半期における右会社からの仕入実額の割合を基礎にして次の算式により推計した。

 昭和四八年七月から一二月までの仕入実額

 昭和四九年分仕入実額

 昭和四九年一月から六月までの仕入実額

(算式)

昭和49年中における右会社からの仕入実額に対する上半期仕入実額の割合=÷=1,249,866円÷2,531,775円=0.4936(小数点五位以下切捨)

昭和48年の右会社からの仕入金額=÷(1-0.4936)=1,028,574円÷0.5064=2,031,149円

(2) 飯島弘敏(森永乳業井ノ内販売店) 二三万四九七〇円

(3) 株式会社カワカツ 三五万四五六一円

(4) 株式会社渡辺 一五四万八五一六円

(5) 清水株式会社 六一万九四〇〇円

(6) 近畿コカ・コーラボトリング株式会社 一四万二〇九〇円

被告の反面調査では、原告の右会社からの年間仕入数量しか把握できなかったので、翌昭和四九年中における中大路孝男と右会社との間の製品別の取引数量及び製品一ケース当りの単価とを基礎にして、別表二及び三のとおり推計によって算定した。

(四) 期末たな卸高 〇円

仕入金額四九三万〇六八六円に類似同業者の期末たな卸率五・七九パーセントを適用して算出した期末たな卸高は二八万五四八七円となるが、右たな卸高は年末に中大路孝男に原価で引渡したため〇円となる。

(五) 売上原価 五一二円八八九九円

仕入金額に期首たな卸高を加算し、期末たな卸高を減算した金額である。

(算式)

(仕入金額) (期首たな卸高)(期末たな卸高)(売上原価)

4,930,686円+198,213円-0円=5,128,899円

なお、売上金額を推計するための基礎となる売上原価は、右原価から中大路孝男に引渡した期末たな卸高を差引いた四八四万三四一二円となる。

(算式)

(売上原価) (引渡し期末たな卸高)(推計の基礎となる売上原価)

5,128,899円-285,487円=4,843,412円

(六) 必要経費 二五万七四四六円

原告が中大路孝男に引渡した期末たな卸高を加算する前の売上金額六四〇万四〇八八円に、類似同業者の経費率四・〇二パーセントを適用して算定した金額である。

(算式)

(売上金額) (経費率) (必要経費)

6,404,088円×0.0402=257,446円

(七) 事業専従者控除額 一九万二五〇〇円

原告の申告額である。

(八) 事業所得金額 一一一万〇七三〇円

売上金額から売上原価、必要経費及び事業専従者控除額を差引いた金額である。

(算式)

(売上金額) (売上原価) (必要経費) (事業専従者控除額)(事業所得金額)

6,689,575円-5,128,899円-257,446円-192,500円=1,110,730円

3 推計の必要性について

原告のように商品の仕入及び販売を悉く現金取引によってなしている場合には、納税者の協力がなければ納税者の所得金額を実額によって知ることは不可能である。しかるに、前記1で述べたとおり、原告は被告の調査に対して終始非協力的な態度を示したので、被告は原告の所得金額を推計によって算定せざるを得なかった。

被告が調査理由の開示要求に応じていれば事業に関する帳簿書類を提示していたとの原告の主張は、原告の備付け帳簿に信ぴょう性のないこと、または、全く記帳していないことを隠すための口実にすぎない。

このことは、本訴において、原告が未だに帳簿書類を提示しないこと、同額であるべき原告の申告所得金額(二七万七五〇〇円)と審査請求時における原告主張の所得金額(一六万六七六一円)が相違すること、お好み焼屋の開業資金四〇〇万円を食料品店の営業利益から捻出することは原告の申告所得からみて極めて困難であることなどから明白である。

4 同業者率の算出について

被告は、本件係争年分における原告の事業所得金額を推計するため、類似同業者として、<ア>原告と同様に右京税務署管内において、主としてパン・菓子等の小売を行なっている食料品店を営む業者で、<イ>原告の営業と店舗の規模、従業員数、立地条件等が近似し、<ウ>青色申告により所得申告し、課税処分に対して不服申立てをしていないもの、の要件を満たす事業者一名(以下「本件類似同業者」という。)を選択し、これにより次のとおり同業者率を算出した。

(一) 期首たな卸率四・〇二パーセントは、本件類似同業者の本件係争年分における青色申告決算書の期首商品たな卸高一三万九一九五円を、仕入金額三四五万七九八〇円で除算した数値である。

(算式)

139,195円÷3,457,980円≒4,02%(小数点三位以下切捨)

(二) 差益率二四・三七パーセントは、右青色申告決算書の差引金額一〇九万四六八二円を、売上金額四四九万一七五七円で除算した数値である。

(算式)

1,094,682円÷4,491,757円≒24.37%(小数点三位以下切捨)

(三) 期末たな卸率五・七九パーセントは、右青色申告決算書の期末商品たな卸高二〇万〇一〇〇円を、仕入金額三四五万七九八〇円で除算した数値である。

(算式)

200,100円÷3,457,980円≒5.79%(小数点三位切上)

(四) 経費率四・〇二パーセントは、右青色申告決算書の経費計一八万九二六三円から地代家賃九〇〇〇円を減算し、更に、売上金額四四九万一七五七円で除算した数値である。

(算式)

(189,263円-9,000円)÷4,491,757≒4.02%(小数点三位切上)

右同業者率はいずれも本件類似同業者の本件係争年分における青色申告決算書に記載されている金額を基に算出したものであるから正確である。

5 推計の合理性について

被告が本件において用いた推計方法は次のとおり合理的である。

(一) 所得金額の算出は、納税者自身ならば容易かつ正確にできるが、課税庁に強いるときは多大の犠牲を強いる割に精度の高い数値が得られないものであり、また、帳簿書類を作成しないか、あるいは作成していてもその提示を拒む不誠実な納税 者に対して最も控え目な推計課税方式をとって当該納税者を利することは公平の原則にもとるほか、更には国民全体の健全な納税意欲を害し、国家存立の基盤を蝕むことから考えるならば、一般論としていえば、課税庁は、多額の行政経費を費やして、理論的に考えうる最善の推計課税方式を選択することまでは要求されておらず、一応合理的といえる推計方式のうちの一つを選択すれば、正当に推計課税をしたと解されるべきである。

(二) 原告及び本件類似同業者らが事業とするパン・菓子小売業においては、廉価多売を営業方針とする業者や特定の顧客に対する売上が多い業者等特段の営業方針・事情を有する業者を除けば、差益率等の数値は平均値に近接した範囲内に集中する。すなわち、原告らが事業とするパン・菓子小売業における差益率は、特段の事情がない限り互いに近似するといえる。

(三) 本件類似同業者の事業内容、事業規模、立地条件、業績等が原告のそれらと近似していることは、以下述べるとおりである。

(1) まず両店の取扱商品をみると、両店ともパン、牛乳、ジュース、コーラー・サイダー等の各種飲物、アイスクリーム・キャンデー等の氷菓子、チョコレート・ガム・キャラメル等のポケット菓子、米菓子・ビスケット等の袋詰めの菓子、ジャム・果物等の缶詰、その他コーヒー・インスタントラーメン等を販売していることから、近似していることが認められる。

(2) 両店の取扱い商品の構成比はほぼ同一である。強いて両店の取扱い商品の構成の違いをとりあげると、本件類似同業者の方が飲物及びアイスクリームの取扱い割合が原告店より高いことである。しかしながら、この点は、飲物及びアイスクリームの差益率(二〇パーセント強である。)が他の取扱商品の差益率よりも低いことからみると、本件類似同業者の差益率を用いることは原告にとって有利に計算されることになる。

(3) 両店とも専ら商品を店頭売りする業務に携わっている。

(4) 両店の立地条件をみると、いずれも住宅地域に位置している。また、原告の店舗は「向日町ショッピングセンター」に近接しているのに対して、本件類似同業者の店舗は、大手のスーパー・マーケットに近接しており、いずれも近隣に競業者としてのスーパー・マーケットをもっている。更に近年になって、右両店舗の付近にはそれぞれ専らパンの販売に携わる「ベーカリー」が開設され、原告及び本件類似同業者の双方とも競業者としての「ベーカリー」の影響を受けている。

(5) 両店とも、専門のパン製造業者の製品を小売しており、自らパンを製造することはしていない。

(6) 両店の従業員数をみると、原告の店舗では原告本人と祖母の二人が販売に従事しているのに対して、本件類似同業者の店舗では老夫婦二人が販売に従事している。

(7) 両店の店舗の規模をみると、原告の店舗面積が一五平方メートル弱であるのに対し、本件類似同業者の店舗面積は一〇平方メートルであり、大差はない。

また、店舗の向きについては、両店舗とも北向きであるので、照明・空調等に要する費用の比率が近似すると考えられる。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1のうち、原告が「井ノ内ストアー」なる屋号をもってパン、菓子の小売を行なう食料品店を昭和四八年末まで営んでいた白色申告者であること、被告の部下職員が所得税調査のため原告の事業所に臨場したことは認め、その余は否認する。

原告は、パン、菓子等の小売を行なう食料品店を経営するほか、昭和四八年一一月二日まで長岡京市開田四丁目七番地所在のスーパーマーケット「イズミヤ」内において「さつき」という屋号でお好み焼屋を経営しており(同月三日以後は中大路孝男が経営した。)、本件係争年分の所得税の確定申告では右お好み焼屋の営業による所得についても申告している。

また、所得税調査は、所得税額が正当であるか否かを確認するためにのみこれを行なうことは許されず、しかも、原告は被告の部下職員に対し、「自分の行なった申告のどの部分を調査するのか。多数の納税者のうちから原告を調査対象としたのはどうしてか。調査理由について具体的に説明してほしい。」旨要求したにすぎない。

2  同2のうち、(三)の(1)ないし(6)の仕入先が原告の仕入先であること、(七)の金額については認め、その余はいずれも否認する。

3  同3は争う。被告は原告の所得税を調査するについて原告から調査理由の開示を求められたのにこれを開示しなかったのであるから、推計課税の要件を欠いている。

4  同4につき各同業者率の正確性は争う。被告は同業者の実地調査をして、青色申告決算書の記載内容の正確性を確認すべきである。

5  同5のうち、本件類似同業者の事業内容、事業規模、立地条件、業績等はいずれも不知、その余は争う。

先に述べたとおり、原告は昭和四八年当時お好み焼屋をも経営していたのであるから、これを兼業していないとする被告の推計課税は誤っており、お好み焼屋を兼業するものでないことが明らかな本件類似同業者は、原告の類似同業者として不適格である。

また、推計課税による場合、可能な限り実額に近い推計方法を採用すべきであるが、原告の営業における雇人費(裁決による認容額一八三万五〇〇〇円、実際には一九四万円)、減価償却費(裁決による認容額二一万七五〇〇円、実際には三八万六〇〇〇円)、支払家賃(裁決による認容額一四万六一〇〇円)は本件においてある程度明確になっているのであるから、経費率による必要経費の推計は、これら特別経費を控除した一般経費の算出について適用するのがより合理的である。

更に、被告の推計課税には減価償却部分が全く考慮されていないが、課税処分にあたってはこれを考慮すべきである。したがって、被告主張の推計方法は合理性を有しない。

五  被告の再反論

昭和四八年当時原告主張のお好み焼屋を経営していたのは、原告の夫である中大路孝男である。

孝男は、昭和四七年から昭和五〇年五月まで右お好み焼屋を経営していたものであり、このことは、孝男が、お好み焼屋を開業するにあたって所管の京都府向陽保健所に届出をし、お好み焼屋の店舗の開設に要する費用を自己の名において出捐し、更に、お好み焼屋の経営による収益を当該店舗に近接する京都中央信用金庫長岡支店に自己の名義で銀行預金していたことから明らかである。

また、一般に、所得が何人に帰するかは、何人の勤労によるかではなく、何人の収支計算の下において行なわれたかで判断されるべきであり、本件のように夫婦いずれの収支計算の下において事業が営まれたか判然としない場合には、社会的にみて家族を扶養すべき地位にある生計の主宰者に当該事業の収益が帰属するものと解するのが相当である。したがって、本件お好み焼屋の営業にかかる収益は、当時原告らの生計を主宰していた原告の夫である孝男に帰属するものといえる。

被告が裁決の時点まで、原告がお好み焼屋の経営者であると取扱ってきたのは、原告が被告に対して事実と反する誤った申告をし、被告がこれを看取できなかったからにすぎない。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第五号証

2  証人中大路孝男、同上岡美結起、原告本人(第一、二回)

3  乙第一号証の一、二、第九号証、第一二号証、第一五号証の二の一ないし七、第一八号証の成立は認める。第一五号証の一のうち、原告の署名押印部分の成立は認め、その余の部分の成立は不知。その余の乙号各証の成立は知らない。

二  被告

1  乙第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一ないし五、第四及び第五号証、第六号証の一ないし三、第七号証、第八号証の一、二、第九及び第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二ないし第一四号証、第一五号証の一、同号証の二の一ないし七、第一六ないし第二四号証

2  証人間瀬茂、同沢井淳一、同元屋実(第一、二回)

3  甲第一及び第三号証の成立は認め、その余の甲号各証の成立は知らない。

理由

一  請求原因1の事実、原告が「井ノ内ストアー」なる屋号をもってパン、菓子の小売を行なう食料品店を昭和四八年末まで営んでいた白色申告者であること、被告の部下職員が所得税調査のため原告の事業所に臨場したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  まず、原告は、被告の部下職員が原告の所得税を調査するについて、原告から調査理由の開示を求められたのに、これを全く開示しなかった違法がある旨主張するので検討するに、証人間瀬茂の証言によれば、被告の部下職員は、原告及び原告の夫である中大路孝男の所得税調査のため、昭和五一年六月から昭和五二年二月末までの間一〇回にわたり原告方に臨場し、原告夫婦に対し、所得金額が正しいかどうかを確認するために調査に来た旨を告げて、事業に関し質問し、帳簿、領収書等の提示を求めたが、原告夫婦は調査理由に納得できないとして、終始これに応じなかったことが認められ、これに反する原告本人(第一回)の供述部分は措信できない。右認定の事実によれば、調査の理由は告知されているというべきであり、また、質問検査を行なううえで調査の理由及び必要性の個別的な告知は法律上一律の要件とされているものではないのであるから、本件調査について原告主張の如き違法は存しない。

原告は、申告にかかる所得税額が正当であるか否かを確認するためにのみ所得税調査を行なうことは許されないと主張するが、健全な申告納税制度の維持のためにも、申告内容の適否の調査は欠くべからざるものというべきであり、原告に対する本件所得税調査を不当であると解すべき根拠は何ら見当らないから、これを採ることができない。

三  次に、原告の総所得金額について検討する。

1  被告は原告の所得金額を算定するについて推計による方法を主張するので、まず推計の必要性についてみるに、前述したとおり、被告の部下職員が原告夫婦の所得税調査のため多数回にわたり原告方に臨場し、原告夫婦に対し調査の理由を告知したうえ事業に関して質問し、帳簿、領収書等の提示を求めたにもかかわらず、原告夫婦が終始これに応じなかったのであるから、本件更正の時点において原告の所得金額を推計する必要性が存していたことは明らかである。

そして、成立に争いのない乙第一号証の二によれば、原告は、審査請求の過程において食料品の小売業に関する売上帳を提出したものの、仕入金額及び一般経費の額を実額によって算定するに足りる証拠書類は提出しなかったことが認められる(この点に関する原告本人(第一回)の供述部分は措信できない。)。また、本件訴訟においては、所得を実額で算定するための資料を原告は一切提出しないのみならず、所得算出の基礎となる売上金額、売上原価、必要経費等に関する実額の全体的主張をさえ、あえて拒否している。

したがって、原告の本件係争年度分における所得金額を推計する必要性はなお存しているといわなければならない。

2  次に、被告は原告の所得金額を本件類似同業者の差益率等によって推計する方法を主張するものであるので、右推計方法の合理性について判断する。

(一)  被告の主張によれば、被告は類似同業者として、主としてパン、菓子等の小売を行なう食料品店を営む業者を選出しているものであるが、原告は、パン、菓子等の小売を行なう食料品店を経営するほか、本件類似同業者と異なり、昭和四八年一一月二日まで「さつき」という屋号でお好み焼屋を経営していた旨主張するので、まず、右お好み焼屋の営業主体について判断する。

前掲乙第一号証の二、証人中大路孝男の証言、原告本人尋問の結果(第一回、但し、前記措信しない部分を除く。)によると、右お好み焼屋は昭和四七年一月一五日に開業したものであるが、孝男は右お好み焼屋開業当時建売住宅業者である小林住宅に勤務しており、お好み焼屋には専ら原告が従事していたこと、孝男は昭和四八年一〇月末小林住宅を退職し、同年一一月三日にお好み焼屋を新装開店した後は、実際に店舗における業務に従事するようになったこと、お好み焼屋は昭和四八年まで原告、昭和四九年以後は孝男が営業しているものとして所得税の申告がなされ、本件更正及びその後の異議決定、裁決においても、本件係争年分におけるお好み焼屋の営業による所得は原告に帰属するものとして判定されたことが認められる。

しかしながら、成立に争いのない乙第九号証、第一五号証の二の一、二、証人元屋実の証言(第一回)及びこれによって真正に成立したものと認められる乙第一〇号証、第一一号証の一、二を総合すると、右お好み焼屋営業についての保健所への届出は開業以来孝男の名義となっていること、右営業による売上金額は孝男名義の預金口座に入金されていること、店舗の改装工事費用は孝男名義で支払っていることが認められ、また、証人中大路孝男の証言及び原告本人尋問の結果(第一回、但し、前記措信しない部分を除く。)によると、右お好み焼屋営業についての乙訓商業協同組合への加入名義もまた孝男となっていることが認められるのであり、これらの事実を総合すると、お好み焼屋の営業の収支の対外的帰属主体は、あくまでも営業の名義人であり、かつ、家計の主宰者である孝男であったものと判断するのが相当である。なお、前記裁決等は、原告の申告について十分な調査が果たせなかったことから、その申告どおりお好み焼屋の営業による所得を原告の所得と判定したものというべきであり、前記認定を左右するものではなく、また、原告本人尋問の結果(第一回)中、前記お好み焼屋の開業資金を原告が支出したとある部分は、これを裏付けるに足る証拠もなく、にわかに措信し難い。

したがって、昭和四八年当時原告がお好み焼屋を営業していたことを前提とする原告の主張は、採用することができない。

(二)  証人元屋実の証言(第一回)によると、被告は、原告の所得金額を推計するために、原告方店舗の所在する右京税務署管内で、継続して事業を行なっている青色申告者の中から、原告と同様の商品を扱い、売上げが原告の倍程度までのものを選定したところ、これに該当する同業者は三名あったが、被告が選択した本件類似同業者を除く他の二名は、たな卸商品が原告方店舗程度にないため、原告の所得金額を推計するための同業者として不適当と判断したことが認められる。

そして、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告の食料品店の経営には昭和四八年当時原告と祖母の二人が従事していたことが認められるところ、証人元屋実の証言(第一回)によると、本件類似同業者は夫婦二人が食料品店の営業に従事するものであること、大阪国税局の担当職員は、右同業者方に三回、原告方店舗に数回赴き、右同業者の説明を聞いたり、帳簿を見たり、あるいはその近隣を実際に歩き回ったりして、店頭の扱い商品、その構成割合付近にスーパーマーケットがあるかなどの事業規模、立地条件等について、右同業者が原告のそれらと類似することを確認したことが認められる。

右認定の事実によれば、被告が行なった本件類似同業者の選択の相当性、原告との類似性は一応これを肯定すべきものであり、この点についての反証はない。また、右同業者は帳簿の記帳等を義務づけられている青色申告者であるから、その決算書の数値は一応正確なものと推認されるので、右同業者の決算書の数値を基に原告の所得金額を推計する方法は合理性を有するものということができる。

そして、証人元屋実の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる乙第二号証(青色申告決算書)の数値によれば、右同業者の期首たな卸率、差益率、期末たな卸率、経費率は、被告主張のとおり、それぞれ四・〇二パーセント、二四・三七パーセント、五・七九パーセント、四・〇二パーセントとなることが計算上明らかである。

3  仕入金額

被告の主張2の(三)の(1)ないし(6)の仕入先が原告の仕入先であることは当事者間に争いがない。

以下、仕入先別の仕入金額を検討する。

証人元屋実の証言(第一回)及びこれによって真正に成立したものと認められる乙第三号証の一ないし三によると、原告の経営にかかる食料品店「井ノ内ストアー」の昭和四八年中におけるフジパン株式会社からの仕入金額は、被告の調査の結果、七月から一二月までの間については実額が判明したが、一月から六月までの間の仕入実額は把握できなかったことが認められる。そこで、被告は、原告の昭和四八年中の右会社からの年間仕入金額を算定するため、翌昭和四九年中における中大路孝男の右会社からの年間仕入実額に対する、上半期における右会社からの仕入実額の割合を基礎に推計する方法を主張するところ、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、孝男が昭和四八年末に「井ノ内ストアー」を原告から引継ぎ、翌昭和四九年以後これを経営したことが認められ、他方、昭和四八年中における事業の諸条件と翌昭和四九年におけるそれとの間に変化があったとの事実は証拠上認められないから、被告主張の方法をもって推計することには十分合理性がある。そして、前掲乙第三号証の一ないし三、証人元屋実の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる乙第三号証の四によれば、「井ノ内ストアー」のフジパン株式会社からの仕入金額は、昭和四八年七月から一二月までの間が一〇二万八五七四円、昭和四九年中が二五三万一七七五円、そのうち上半期(一月から六月まで)が一二四万九八六六円であることが認められ、これらの数値によって前記被告主張の方法で推計すると、原告の昭和四八年中における右会社からの仕入金額は二〇三万一一四九円となる。

証人間瀬茂の証言及びこれによって真正に成立したものと認められる乙第四及び第五号証、第六号証の二、三並びに証人沢井淳一の証言及びこれによって真正に成立したものと認められる乙第七号証によると、原告は、「井ノ内ストアー」の営業において昭和四八年中に、飯島弘敏(森永乳業井ノ内販売店)から二三万四九七〇円、株式会社カワカツから三五万四五六一円、株式会社渡辺から一五四万八五一六円、清水株式会社から六一万九四〇〇円の商品を仕入れたことが認められる。

証人元屋実の証言(第一回)及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第八号証の一、二によると、被告は、原告の昭和四八年中における近畿コカ・コーラボトリング株式会社からの仕入金額を反面調査したところ、原告の右会社からの年間総仕入量しか判明せず、仕入実額を把握できなかったことが認められる。そこで、被告は、翌昭和四九年における中大路孝男と右会社との間の製品別の取引数量及び製品一ケース当りの単価を基礎に、原告の昭和四八年中における右会社からの仕入金額を別表二及び三のとおり推計する方法を主張するものであるが、さきのフジパン株式会社からの仕入金額の算定の際に述べたと同じ理由で、近畿コカ・コーラボトリング株式会社からの仕入金額を算定するについても、被告主張の右推計方法には合理性があるというべきである。そして、右乙第八号証の一、二により認められる原告の昭和四八年中における右会社からの年間総仕入量、翌昭和四九年中における孝男の右会社からの製品別仕入量、一ケース当りの仕入単価の各数値を基に、原告の昭和四八年中における右会社からの仕入金額を別表二及び三のとおり推計すると、被告主張のとおり一四万二〇九〇円となる。

したがって、以上の各仕入先からの仕入金額を合計した四九三万〇六八六円が、原告の昭和四八年中における仕入金額である。

4  期首たな卸高

右認定の仕入金額四九三万〇六八六円に、本件類似同業者の期首たな卸率四・〇二パーセントを乗じて推計すると、一九万八二一三円となる。

5  期末たな卸高

前記3で認定した仕入金額四九三万〇六八六円に、本件類似同業者の期末たな卸率五・七九パーセントを乗じて推計すると二八万五四八七円となるが、前述したとおり、昭和四八年末に孝男が原告から食料品店を引継いでいるため、原告の期末たな卸高は〇円となる。

6  売上原価

3の仕入金額に4の期首たな卸高を加算し、5の期末たな卸高を減算した五一二万八八九九円となる。

7  売上金額

右売上原価五一二万八八九九円から、孝男に引渡した前記5の期末たな卸高二八万五四八七円を差引いた四八四万三四一二円に、本件類似同業者の差益率二四・三七パーセントを適用して算出した金額六四〇万四〇八八円と、原告が孝男に引渡した右期末たな卸高二八万五四八七円とを合算した六六八万九五七五円となる。

右推計による売上金額は、原告が審査請求において食料品の売上金額であると申立てた五六八万四九六五円(乙第一五号証の二の六、乙第一号証の二)を相当上回ることとなるが、本件訴訟において原告の右申立額を裏づける資料の提出はなく(原告は本件訴訟においては、具体的な売上金額の主張をさえ拒否している。)、また、被告主張の本件類似同業者の差益率等を原告に適用して推計することが合理性を有しないとするに足るような反証も存在しないところ、更に、前掲乙第八号証の一、二、成立に争いのない乙第一二号証、証人元屋実の証言(第一回)及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第一三及び第一四号証によると、原告が仕入れた商品の卸値、小売値により算出した差益率は、原告の取扱い商品や小売価格の値上げ等を考慮すればほぼ被告主張の差益率になることが認められ、これらを総合すると前記推定にかかる売上金額は、結局、適正なものというべきである。この点について証人中大路孝男の証言及び原告本人(第一回)の供述中、製品に製造年月日の表示があるため製品価格表どおりに販売できず、値引したとある部分は、証人元屋実の証言(第二回)及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第一九号証に照らし措信できず、その他右差益率を適正でないとする証拠はない。

8  必要経費

7で認定した、原告が孝男に引渡した期末たな卸高を加算する前の売上金額六四〇万四〇八八円に、本件類似同業者の経費率四・〇二パーセントを乗じて推計すると、二五万七四四六円となる。

原告は、経費率による必要経費の推計は特別経費を控除した一般経費の算出について適用するのがより合理的である旨主張するが、前掲乙第一号証の二、成立に争いのない乙第一五号証の二の六並びに弁論の全趣旨によると、原告が主張する雇人費、減価償却費、支払家賃はいずれもお好み焼屋の営業におけるものであることが認められ、原告の食料品店の営業について右の如き特別経費が生じたとする証拠はないから、被告主張の推計方法が合理的でないとはいえず、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、被告の推計課税には減価償却分が全く考慮されていないとも主張するが、原告の食料品店の営業について減価償却費が生じたとする証拠はなく、仮に減価償却費が生じたとしても、前掲乙第二号証によると、前記推計に用いた同業者の必要経費には減価償却費を含むことが認められ、前記経費率の算出にあたってもそれを経費に含めたものであるから、原告の右主張もまた採用できない。

9  事業専従者控除額

一九万二五〇〇円であることは当事者間に争いがない。

10  事業所得金額

7の売上金額から、6の売上原価、8の必要経費及び9の事業専従者控除額を差引いた一一一万〇七三〇円となる。

11  以上によれば、本件更正は右認定の所得金額の範囲内でなされたものであるから、所得を過大に認定した違法があるとの原告の主張は失当である。

四  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田坂友男 裁判官 小田耕治 裁判官 森高重久)

別表一

課税経過表

<省略>

別表二

昭和四九年分製品別仕入割合

<省略>

<省略>

(注) ハイシーは、昭和四八年一〇月に新発売されたものであるため、仕入れの割合計算には算入していない。

別表三

昭和四八年分仕入金額算定表

<省略>

<省略>

(注1) 昭和四八年の全製品の仕入ケース総量である一五〇ケース(但し、昭和四八年一〇月に新発売されたハイシー三ケースを除く。)に対して、昭和四九年の製品別仕入割合を乗じて算出した。なお、一ケース未満のものについては四捨五入した。この場合に総ケース量は一五一ケースになるので、原告に最も有利なように図るため、仕入単価が最も高額である缶入りスプライトについて一ケースを減じて、総量が一五〇ケースになるようにした。

(注2) ハイシーの総仕入量は三ケースと計算した。すなわち、ハイシーは昭和四八年一〇月に新発売された時に一ケースずつ仕入れられたものと推認し、また、ハイシー(255CC)の残り一ケースは一二月に現実に仕入れられている。